
自動運転が変える観光の姿 ― 日経MJ連載「未来にモテるマーケティング」25/5/19号
2025/5/26
自動運転の社会実装が現実味を帯びてきた。
4月にトヨタ自動車と米ウェイモが、自動運転の普及に向けた戦略的パートナーシップを発表。
ウェイモの技術とトヨタの量産開発力を融合し、新たな車両プラットフォームの開発を目指すという。
日本交通もウェイモと提携し、4月より東京23区中心部でウェイモ車両の走行を開始。
現在は手動運転だが、自動運転の都市導入への確かな一歩となった。
さらに、米テスラは6月にテキサス州で完全自動運転タクシーサービスを開始すると発表。
運転手ゼロで稼働するこのシステムは、都市インフラそのものを変える可能性を秘めている。
こうした動きはモビリティーにとどまらず、さまざまな領域に波及する。
中でも自動運転の普及によって劇的な変化が起こると感じるのが、観光だ。
それを実感したのは、私自身の体験からだった。
7月に、私は英国に住む友人のご子息の結婚式に出席する。
式場はロンドンから60㌔離れた個人邸で、式が終わるのは午後10時。
市内のホテルに戻るとなると、タクシーの事前手配が必須だ。
初めての土地、夜間の移動、時差ボケ……不安と手間が心を重くする。
でも、ふと思ったのだ。
この感覚は、日本に来る外国人観光客もきっと同じではないか。
実際、結婚するそのカップルはハネムーンの行き先に日本を選び、北海道から沖縄まで巡る。
アニメの聖地や、J-POPのヒット曲ゆかりの地も訪れたいという。
だが実現にあたっては、日本の公共交通網の複雑さや言語の壁が立ちはだかっていた。
ところが完全自動運転が普及すれば、状況は一変する。
予約ひとつで、目的地まで正確に送り届けてくれるドライバーレスの車両。
乗客は路線図を読む必要も、言語に困ることもない。
日本全国どこへでも、誰でも安心して移動できる時代が訪れる。
言い換えれば「日本中が新たな観光地」になる未来が始まるのだ。
神社仏閣、山間の集落、そして花火大会――これまで地元の人だけが楽しんできた風景が、
世界中の旅行者の目的地に変わる。
2024年の訪日外国人旅行者数は新型コロナウイルス禍前の水準を上回り、3600万人超を記録した。
観光消費額も増え続ける中、次なる課題は「地方への誘導」だ。
従来の団体旅行から個人旅行へのシフトが進む中で、自動運転は〝自由に動ける観光客〞を生み出す起爆剤となる。
これからの10年、地方創生とは産業誘致や人口対策だけではない。
自動運転という社会インフラの革新を見越し、
「この町にどんな未来の物語を紡ぎたいか?」という視点で再設計することが本質である。
未来学者アラン・ケイはこう語った。
「未来を予測する最良の方法は、自ら創り出すことだ」。
ならば今、私たちに必要なのは問いだろう。
「日本のこの町に、世界中の誰がどんな希望を見に来るのか?」。
その問いに真正面から向き合うとき、日本は単なる観光地ではなく、世界中の旅人の〝希望の物語〞を生み出す場所になる。