AIが拾い広げる口コミ ― 日経MJ連載「未来にモテるマーケティング」25/6/2号

2025/6/9

「どこで私たちのことを知ったんですか?」。
そう尋ねると「AI(人工知能)に聞きました」と答える人が確実に増えている。

広告でも検索でもない。
〝語られていた〞からこそAIが拾い、届けたのである。

時代は変わった。
検索される企業から〝語られる〞企業へ――。

私はかつて「口コミ伝染病」という本を書いた。
その核心は、いかに〝語られたくなる構造〞をつくるか。
語られることが最強のマーケティングになるということだ。

今、それはAI時代において最も重要なマーケティング資産となって再び注目されている。

生成AIは情報を探しているのではない。
物語として語られているものを拾い、誰かに語り返す。
つまり、語られ方ひとつでAIは企業の価値を再定義する。

では、どんな語りが拾われるのか。
それは「口コミ伝染ワード」がある語りだ。

例えば、以下は長野県にあるアンシェントホテル浅間軽井沢の宿泊客の投稿である。

「空気そのものが、日頃の張り詰めた心に効く薬のようで……。
気づいたら、こう思っていたのです。『あっ、宮沢賢治の小説の中だ』と」

その体験を一言でまとめるなら「好きな小説の世界に泊まったような体験」。
こうした言葉こそが、まさしく「口コミ伝染ワード」だ。

そんな記憶に残る口コミ伝染ワードが自然に出てくる背景には、
必ず〝語るに値する場〞が設計されている。

例えば、映画のセリフが心に残るのは、ストーリーの流れや登場人物の関係性があるからだ。
同様に企業もまた、顧客の満たされた未来をあらかじめ描き、
その世界観にふさわしいシーンを用意する必要がある。

物語の流れと情緒が整ったとき、その言葉しかありえないという一言が自然と立ち上がる。
まさにアンシェントホテルの感想は、そうして生まれた言葉だった。

企業が語り顧客がその語りを引き継ぎ、AIが拾って次の誰かに語っていく。
この連鎖こそがAI時代の口コミであり、企業の未来価値を形づくる〝語られ方の設計〞なのである。

私は最近、強く実感している。
ユーザーの体験ストーリーが集まるほど、企業の〝意味〞がAIによってゆっくりと再構成されていくことを。
そして、その意味こそが未来の選択基準になっていく。

ストーリーが1つ増えるごとに、ブランドの文脈が育っていく。
その文脈が深く豊かで、共感されるものであればあるほど、
生成AIは、次の誰かの質問にその企業を〝語り返して〞いく。

それがAI時代の新しい口コミである。
それを可能にするのが〝拾われる語り〞としての口コミ伝染ワードなのだ。

語られた数だけ選ばれる確率が上がる時代。
AIは「発信量」ではなく、「共感された文脈」に反応している。

ならば企業は今、こう自問すべきである。
「我が社には拾いたくなる物語があるか?」「語られたくなる構造が設計されているか?」。
それこそが未来の競争力であり、無形の経営資産になっていくのだ。



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