デジタル革命と「棟下式」 ― 日経MJ連載「未来にモテるマーケティング」19/11/25号

2019/12/2

今年のグッドデザイン賞を受賞した「棟下式(むねおろしき)」について、聞いたことがあるだろうか?

一言でいえば、「建物のお葬式」だ。
家を建てる時には「上棟式」を行うが、その反対の儀式である。

無数の思い出が詰まった自宅を取り壊すのは、誰でも感傷的になるものだ。
住んでいないのに、お別れができず、廃虚同然で建物を残している家主も多い。

そんな人が気持ちに区切りがつけられるよう、神主におはらいを受けたり、映像を撮ったり、
リユースできるものを持ち帰ったりして、きちんとお別れをするのが、棟下式だ。

空き家率の上昇に歯止めをかけるという社会的な意義もある。

この儀式を合同会社パッチワークスと共に始めたのが、
ポラスグループ(埼玉県越谷市)の中央グリーン開発(同)だ。

2017年に信金施設を取り壊す時に初めて棟下式を行ったところ、700人以上が参加。
これをきっかけに「『棟下式』を日本の文化にしたい」という思いを抱くようになり、地道に広める活動を始めた。

「孫の成長を刻んだ柱を思い出に残せた」
「主人が自作した鉄棒やブランコの思い出話を家族みんなで振り返れた」……。
お客様からは喜びの声をいただいているという。

このように極めてアナログで人間的な活動といえる棟下式だが、
実は中央グリーン開発が始めたきっかけには「デジタル変革への注力」がある。

同社は16年にデジタルマーケティングを試験的に導入。
チラシよりもネット広告を重視、
ひとりひとりの顧客に沿ったメッセージを配信するマーケティングオートメーションの仕組みを構築した。

変革は2年後に実を結び始めた。

以前と比べ、住宅展示場の行列が減ったのに、予想以上に成約率が上がったのだ。
ネット上での事前予約を促した結果、効率よく営業できるようになった。

もっとも、このデジタル変革の効果は、それだけではなかった。

デジタルマーケティングを導入する前、同社は住宅展示場に並ぶ、肉眼で見える人の行動しか把握していなかった。
しかし、導入で「展示場に来ないお客様の行動」もデータで見てとれるようになった。

すると、社員が「肉眼では見えないお客様のニーズ」にも繊細になり始めたのである。
その結果、実際の顧客対応に関しても丁寧さが際立ってきたし、新規商品が次々と社内から企画され始めた。

例えば、人生100年時代には、家族一人ひとりが仕事をするようになる。
そうしたライフスタイルの変化に対応した間取りの新企画や、
エコ・環境志向で増える自転車通勤の増加を前提とした自転車の収納に細かく配慮した新企画が生み出された。

「棟下式」という、家と家主を最後まで幸せにする儀式で、
住宅に関する顧客ニーズを、長期間にわたり敏感に感じられるようになったのだろう。

「デジタル変革に挑戦する」というと、人間味が失われるように思う人は多いだろう。
しかし、実際には逆で、人間的な活動も加速するのだ。

中央グリーン開発の例は、それを証明している。

 

 

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