現状維持バイアスを打ち破れ ― 日経MJ連載「未来にモテるマーケティング」21/6/28号
2021/7/5
若手経営者が集まる講演会で、企業のデジタル変革の話をしたところ、「事例を教えてほしい」という質問をされた。
繰り返し同じ質問をされたので、私は困惑してしまった。
他社事例を数多く集めたがる人ほど思考停止に陥り、変革をあきらめがちだからだ。
しかし、なぜそこまで事例を求めるかを熟考すると、重要な視点が欠けていたことに気付いた。
それは「現状維持バイアス」だ。
現状維持バイアスは「変化や未知なものを避けて、現状を守ろうとする傾向」である。
その傾向が強いほど変化できなくなる。
私は若手経営者たちが想像以上にそれに縛られていることを見落としていたのだ。
私が監訳した『ストックセールス 顧客が雪だるま式に増えていく4つのメッセージモデル』
(エリック・ピーターソン他著)によると、現状維持バイアスが生じる要因は
「安定を優先する傾向」「変化に対するコストへの懸念」「変化による後悔や非難への恐れ」等があるという。
若手経営者が抱える悩みはまさにこれだ。
彼らの多くはオーナー企業の二代目以降で、自由に経営できずにいる。
不用意に変化を起こすと、先代や古参社員などから非難され、損失を出せば何を言われるかわからない。
目先のことを考えれば、安定を優先した方が賢明だからだ。
しかし変革しなければ先がないこともわかっている。
だから周囲を説得するために事例が必要になる。
だが、現状維持バイアスを解くために必要なのは、「変化を促すメッセージモデル」だ。
具体的には次の手順で伝える。
1.見落とされているニーズを伝える
2.今のやり方に限界があることを明らかにする
3.改良された新しい方法と比較する
4.導入前後の話を交えた成功事例を伝える
こうすると、現状維持バイアスが強くても変化を促せることが研究で実証されている。
最近、東京五輪の開催に批判が殺到しているのも強い現状維持バイアスがあるからだろう。
本気で世論の変化を促すには、先述したメッセージモデルで伝える必要がある。
まずは関わる人の健康と経済の双方を守りながら、安全に開催すると伝える(=手順1)。
ただ、まん延防止等重点措置などだけでは、経済は守れていない実態を認める(=手順2)。
その上で、ワクチン接種スピードを早めると同時に、飲食店やホテルの支援を組み合わせた、
健康と経済の双方を守る選択肢を示す(=手順3)。
さらに他国ではスポーツ観戦が始まっているので、観戦後の感染状況の追跡データを事例として示す(=手順4)。
この順序を踏めば、感情論に陥らず、理知的に話し合えるのではないか。
要は、言葉が足りていないのだ。
ただでさえ現状維持バイアスが強い日本で言葉が足りなければ、全く変化が起きないのは当然だ。
国のリーダーや官僚たちが、
現状維持バイアスを調整しながら変化を起こすというマーケティング知識をほんの少しでも学べば、
もっと価値ある変化が起こせると思う。
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