ブーム生み出す書店の秘密 ―日経MJ連載「未来にモテるマーケティング」9/18号
2017/9/25
全く売れなかったものが、突然、売れだすようになる。
なじみの顧客だけじゃなく、爆発的に周りへと広がる――。
そんなムーブメントを何度となく起こしているのが、
盛岡市を拠点とする「さわや書店」だ。
驚くのは、この書店では、ムーブメントを起こしている書店員が、
一人ではなく、代々、何人も生まれていることである。
のちに映画化までされた「天国の本屋」を発掘し、
ヒットさせた伊藤清彦・元店長。
出版から20年ほどの時がたっていた「思考の整理学」を推し、
200万部のベストセラーになるきっかけをつくった松本大介ORIORI店長。
著者名やタイトルが見えないように本をPOP(店頭販促物)で覆い隠す発想がウケ、
30万部超、650書店が取り扱った「文庫X」を生んだ長江貴士店員……。
以上はほんの一例だ。
なぜ、さわや書店は、売れない作品をベストセラーにする店員が続々と生まれるのか。
POPの書き方?
売れる可能性を秘めた本の見分け方?
秘密はどちらでもなかった。
私が見出した答えは、
書店員に、売れていない本の中からほれ込める本を見つけてもらうこと。
そして、その本を自分の裁量で売ってもらうことだ。
この経験をさせると、社員は人が変わったように成長する。
今や自著「書店員X」を執筆するまでになった長江さんも、
この書店に入る前は10年ほどフリーターだった。
しかし、なぜ売れない商品を発掘して売る体験が、社員の成長につながるのか?
それは日の目をみなかった商品に、社員は自分自身を投影するからだ。
すなわち売れない商品とは、まだ周りに良さが伝わっていない自分。
社会に認められていない自分なのである。
そんな「自分の分身」に対し、書店員は愛情を注ぎ、一生懸命売る方法を考える。
その努力が実を結び、飛ぶように売れて世間から大きく評価されれば、
社会に認められていないという呪縛から解き放たれる。
売れない商品が売れると共に、社員が自信を持つのだから、企業にとっても一石二鳥。
さらには、自信を持った社員が部下を育成する文化が築かれていく――。
さわや書店ではそうした好循環が伝統のように引き継がれているのである。
POS(販売時点情報管理)データに沿って売れ筋を売ることは、確かに大事なことだ。
しかし、それで社員は成長するのだろうか。
機械に指示を仰ぐようになると、社員は作業することしか考えなくなる。
そして会社と共に自分自身も成長したいという想いを手放すことになるだろう。
しかし、POS上は売れていなくても、
好きな商品を自由に売らせるチャンスを少しでも与えれば――。
その努力が世界に認められる喜びは、何よりも社員を成長させるはずだ。
社員の成長を自然に促す文化を、あなたの会社でも創ってみないか?
その第一歩は、社員にシンプルな問いを尋ねることだ。
「今、売れてない商品で、君が一番好きなのは、どれか?」
その商品を売るチャンスを与えることは、
社員の一生を変えるほどのインパクトがあるのだ。