日経MJ連載「未来にモテるマーケティング」7/10掲載記事公開!
2017/7/16
あなたは、ベッドのないビジネスホテルを想像できるだろうか?
しかも、そのホテルは、地方都市にありながら、92%の稼働率を誇ると聞いたら?
従来のホテルを大きく超えたイノベーションを実現しているのが、
埼玉県幸手市にある「ホテルグリーンコア」だ。
このホテルはあらゆる面で常識破りだ。
通常、ビジネスホテルといえば、狭い部屋の多くをベッドが占拠し、
部屋にひとりで帰って寝るだけ。
しかし、ここにはベッドがない。
素足で過ごせるフローリングの床の真ん中に、掘りごたつ式の机があるだけだ。
ただ、この形状にしたことで、
12平方メートルの部屋を、宿泊者は自由に柔軟に使えるようになった。
机で仕事をしてもいいし、出張者同士が集まって鍋を囲んでもいい。
眠くなったら、机を片付けて掘りごたつの床を埋めれば、布団を敷ける。
そんな部屋を作り上げた。
この新しいコンセプトを可能にしたのは、段ボール材でできた家具だ。
グリーンコアの経営元は金子包装という段ボール材メーカー。
本業を生かして開発した机を含む多くの設備が段ボール材なので、軽くて移動させやすい。
だから、ベッドを置かなくてもいいわけだ。
リサイクル率は80%を超え、環境にもいい。
思いきった部屋作りをした理由は、差別化の必要性を痛感したことだ。
老朽化した建物をリニューアルしようとしたところ、
近くの全国チェーンのビジネスホテルと同じ設備を提案された。
全国チェーンは自社よりも安い値段で設備をつくっているはず。
同じことをすれば価格競争になった時、確実に負ける。
そこで行き着いたのが、ベッドのない部屋だった。
この決断は、予想以上に大きな効果を生み出した。
出張者同士が部屋に集まるので、
周辺の飲食店から仕出しを頼めるようにしたところ、周辺の店の収益もアップ。
部屋のなかで子供を気兼ねなく遊ばせておけるので、
昼間は地域住民のママ会などにも使ってもらえるようになり、高稼働率を達成できるようになった。
さらに地域に開かれたことで、地方創生の起爆剤として期待されるようになった。
国土交通省のプロジェクトで、茨城県坂東市の市有地を賃借し、ホテルを建てることが認められた。
素晴らしい景勝地や史跡があっても、ホテルがなければ誰も来ないから、
地域行政側は是が非でもホテルが欲しい。
しかし、坂東市は鉄道が走っていないので、出店する事業者が見つからなかった。
それに対し、グリーンコアは、地域住民の需要も取り込めるので、
駅がなくても十分に経営が成り立つと判断した。
出張ビジネスマン同士の交流を促し、地域の雇用を増やし、住民にも開かれたホテルに。
駅のない街の、地域活性化は、すべて「ベッドをなくす」という、
一ビジネスホテルの挑戦から、始まったのである。
過去から当然に、顧客のために提供してきたものが、
未来の顧客にとっては邪魔になってしまう。
あなたの事業から、捨て去るべき常識はないだろうか?
捨てた後の空白に、イノベーションの種は宿るのである。