
世の中変えるママプレナー ― 日経MJ連載「未来にモテるマーケティング」25/8/11号
2025/8/18
今、1億円超の支援を集めるクラウドファンディングのテーマがある。
国内最大級のプラットフォーム「CAMPFIRE(キャンプファイヤー)」の起業ジャンルで歴代トップクラスの規模だ。
それは意外なことにガジェットでもエンタメでもない。公教育を支援するものだ。
子どもたちが探究学習の成果をメタバース上の〝問いの美術館〞に展示するというビジョンに、全国から共感が集まった。
支援の輪の中心にいたのが「ママプレナー」たち。
育児と仕事を両立しながら地域・教育・社会とつながり、現実を変えようとする母たちだ。
かつて起業セミナーの参加者の9割は男性だったが、今はリードするのが女性たち、しかも母たちだ。
起業関連の国際調査「グローバル・アントレプレナーシップ・モニター」によれば、日本の女性起業率は国際的にまだ低い。
それでも着実に伸びてきている。何より空気が変わった。
起業という言葉の主語が「彼」から「彼女」へと移り始めている。
ママプレナーたちが手がけるテーマは美容、食、健康、育児。
かつて「小さな事業」として片づけられてきた領域だ。
彼女たちは日々の暮らしの中で直面した矛盾や違和感を見過ごさない。
「これはおかしい」「なぜこうなのか?」。そんな感情を問いに変え、行動に変え、事業に変えていく。
補助金を使わず大資本でもない。自分の手の届くところから始め確実に社会を変えていく。
そこに次の時代の起業がある。
マーケティングの巨匠フィリップ・コトラーは、最新刊『アントレプレニューリアル・マーケティング』で、
マーケティング・財務・技術・社会的意義を横断する「オムニハウス・モデル」を提示した。
一人の起業家が分断された領域をつなぎ、価値を創り出す時代。
もはやマーケティングは「商品を売る」ではなく、「意味を届ける」ことへと進化している。
ママプレナーたちはそれを体現している。
家庭と地域、教育と未来を一つの価値連鎖として編み直している。
ウォートン・スクールのマウロ・ギレン教授は著書「2030」でこう語っている。
「2030年には世界の富の半数以上が女性の手に渡る。
その富は教育や福祉、生活の質といった持続可能な価値へと再投資されていく」。
富の流れが変われば経済の構造が変わる。
そして今、起業の意味そのものが変わりつつある。
かつて起業とは「勝ちにいくビジネス」だったが、
今は「社会のほころびを生活の延長からつなぎ直す行為」「社会接続の再設計」だ。
その先頭に母たちがいる。
教育も、この変化と共鳴している。
全国に広がる探究学習は正解を出す力ではなく、自分の中にある矛盾や違和感を見過ごさず、
行動に変える力を育てようとしている。
その力は大人の背中から伝わる。
自ら問いを立て、事業を立ち上げ、仲間を巻き込み、価値を届けるママプレナーの背中から。
変化はいつも周縁から始まる。
2030年に私たちの生活を変え始めているのは、暮らしと社会をつなぎ直す女性たちかもしれない。