「AIで広告」の時代こそ ― 日経MJ連載「未来にモテるマーケティング」7/16号
2018/7/23
人工知能(AI)による広告の最適化がはじまっている。
売り手が商品情報とターゲット客さえ決めれば、
あとはAIが顧客の反応に応じて広告文案を改善し続ける、という夢のような話である。
もう、これで販売に苦労することはない、と喜びたくなるが、
実は、ここには大きな盲点がある。
あなたのライバルも、同じようにAIを取り入れるということだ。
同じような商品を、同じようなターゲットに対して、最も反応が取れるよう、
広告メッセージを最適化すれば、広告も他社と似たり寄ったりになる。
つまり、AIも最終的には価格競争に陥るのである。
すると、利益は瞬間蒸発する。
そんな事態を防ぐためには何をすべきか。
必要なのは「市場のコンテクスト」を変えることだ。
「メカ」という飲食店向け食用油ろ過機のメーカーの例で説明しよう。
このろ過機を使うと油の鮮度が保たれるので、揚げ物のおいしさが引き立つうえ、
油の交換頻度が減るのでコスト削減も期待できる。
しかし、ろ過機の業界もライバルは多い。
性能差が伝わりづらく、価格競争に陥っていた。
そこで、メカはろ過機が、「社員の安全を守る機械」であるとコンテクストを変えた。
通常、閉店後の深夜におこなう油の交換作業は、
油が冷めるのを待てないので、熱いうちにやるケースが多い。
業務用で使う油の量は重さも相当なものなので、交換にはやけどのリスクが伴う。
しかし、ろ過機を使えば従業員を危険にさらさずに済むし、深夜残業も減る。
こうして、従業員の安全を確保することは、
働き方改革を実現し、離職率を減らすことにつながる。
ろ過機というツールを使って、経営改革ができるわけだ。
そもそも、メカの原点は「安全性」にある。
同社が今のろ過機を開発したきっかけは、すかいらーくの創業者の一人である横川竟氏に、
「食や職場の安全性が保てるろ過機の開発」を依頼されたこと。
企業のDNAに刷り込まれていることだから、従業員も自信を持って打ち出せる。
こうして「従業員の安全」というコンテクストを前面に押し出したことで、
ろ過機を導入する顧客は増えていった。
さらに、「従業員の安全を実現する」ものなら、
ろ過機以外のものを売っても違和感がなくなった。
コンテクストを変えたからこそ、自らが活躍する舞台の規模を小さな町から、
より開かれた大きな世界へと広げられた。
AIは、既存の選択肢を組み合わせて最適化することはできるが、
コンテクストを大きく変え、まったく別の選択肢を生み出すことは不可能だ。
当面はマーケッターの独壇場であり、存在意義を示せる仕事といえるだろう。
もちろん、変化したコンテクストを見よう見まねでパクる会社は出てくる。
しかし、コンテクストに歴史の裏付けがある会社に、そうでない会社は及ばない。
メカの例で言えば、「安全」のためにろ過機を開発した過去があるからこそ、
説得力があるわけだ。
実はAI時代に重要なのは、歴史を積み重ねること、振り返ることなのである。