信念に基づくパーパス経営 ― 日経MJ連載「未来にモテるマーケティング」23/3/13号

2023/3/20

テスラが3月1日、投資家向けイベント「インベスターデー」を開催した。
私はスティーブ・ジョブズ氏のiPhone発表のような見事なプレゼンテーションを期待して日本時間の早朝に見入っていた。

しかし、盛り上がる場面はまったくなかった。

イーロン・マスク最高経営責任者(CEO)は
「サステナブルな地球を実現するために、化石燃料にかわる電気ベースの文明をつくる」
というパーパスをどう実行していくか、技術や環境、組織の問題を丹念に実証するのに終始した。

マスク氏と現場の社員のプレゼンには今後数年間の売り上げ・シェアの見込みや廉価版の新車の発表といった
短期投資家が喜ぶ具体的な話は一切なし。
結果、イベント後の株価は約7%の大幅下落を記録した。

単なる利益追求だけでなく、社会的使命や価値観をもとに事業活動を行うというマスク氏の経営は
パーパス経営のモデルといっても良いだろう。

しかし、それを公言することがマイナスに働いてしまったわけだ。

パーパス経営は将来の企業価値を下げてしまうのか?

そう考えを巡らせていた時、パーパス経営を実践している興味深い企業を見つけた。
サクシード(宇都宮市)という日本企業だ。

同社は「次世代により良い社会を引き継ぐ」というパーパスのもと、
M&A(合併・買収)仲介のプラットフォーム「ツグナラ」を運営している。

特徴は「地域の経営資源を担う」をコンセプトに、引き継ぎを希望する企業のうち、
地域の未来を担うご当地企業を厳選して紹介していることだ。

地域の金融機関や支援機関と連携し、地域内の事業承継課題を解決している。

このような事業を展開した結果、どんな反響があったのか。

水沼啓幸社長によると、拡大思考の強い買い手ではなく、「地域を廃れさせるわけにはいかない。
同業者が困っているなら協力したい」というパーパスを持った買い手が集まったという。

思いがけない副次効果もあった。
求人を打ち出していないのに「M&Aを活性化している企業で働きたい」と
掲載企業への就職を希望する人たちが増えてきたことだ。

この状況を見て、地元の金融機関もますますM&Aを支援してくれているという。
パーパスを打ち出すことで好循環が生まれているのは明らかだ。

冒頭のテスラの例のように、パーパス経営は短期的には企業価値を下げるかもしれない。
だが、中長期的な視点で見ると話は変わる。

パーパスをしっかりと打ち出すと、ビジョンに共感した長期的な顧客や協力者が集まってくるのである。
テスラの株も、翌日には上昇しはじめて半値を戻した。長期投資家にとって買いだと判断されたのだ。

マーケティングの世界でも、パーパスを打ち出した広告を打つと広告の反応率は落ちる。
しかし、長期的に見ればパーパスを理解する協力者に出会えるきっかけになるのである。

短期的な弊害を恐れて、パーパスを率直に表現することを恐れていては決して始まらない。
今、信念に基づくパーパス経営を打ち出すタイミングが訪れている。

 

 

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