いまオススメの名作は? 経営コンサルタントが注目する「千二百年前の人物」[歴史街道2023.7月号]

2023/6/8

カリスマ経営コンサルタントとしてビジネスパーソンから支持されるだけでなく、読書家として知られ、読書術の著書もある神田昌典さん。そんな神田さんに「いまオススメ」の司馬作品を聞くと、意外な書名が……。

技術変革の時代だからこそ

司馬遼太郎の作品は数多くありますが、これまで折に触れて読みかえしているのが『空海の風景』です。ビジネスパーソンには、あまりなじみのない作品かもしれません。けれども読んでいくと、現代にも通じる部分がみられて、感嘆せずにはいられなくなります。

空海は平安初期、今から千二百年も前の人物です。この作品は、空海の伝記のようでありつつ、小説として、同時代の最澄との対比を交えて、歴史をつくっていくうえでの人間ドラマというものが、非常に濃密な筆致で描かれています。空海が歴史に登場した結果、日本の仏教文化、国としての教養などが一気に高まっていくさまがみえる、とても興味深い物語です。

僕は、歴史にはいろいろな節目があると考えており、現代もそうした時期にあてはまると感じています。たとえば、近年のAI(人工知能)や、AIを活用して質問に答えてくれるChatGPTの発達など、技術によって時代が大きく変わりつつあります。

それと同じように、空海の時代も仏教がいわゆるひとつの「技術」として、世の中を変革していきました。そういう観点に立つと、歴史が動くときの、人生の切り拓き方というのが、『空海の風景』から学べるのではないでしょうか。

この作品では、空海の天才性だけではなく、その背景にある複雑な感情にも迫っており、エリートである最澄に対するなんともいえない気持ちが克明に描かれています。また、欲望など僧として捨てなければならない感情にも触れており、ものすごく緻密な考察がなされた小説ではないかと思います。

空海は、最澄と一緒に中国にわたりますが、最澄はエリートの身分で通訳僧を連れて、国からも経費を与えられていました。それに対して空海は、当時は無名の僧にすぎず、司馬さんの言葉を借りれば「空海は、素手で長安に入ったようなもの」でした。

しかしそんな空海が、中国で、当時、密教のトップである恵果という人物の弟子となり、たった二年で習得して帰国するという、離れ業をやってのけます。まさに天才です。

空海にはいろいろな天才性があって、そのひとつに文章があります。たぐいまれな文才があり、そのうえ様々な書体を使い分けることができた。遣唐使船が予定外の場所へ到着したため、密輸業者と間違われたときも、卓越した文章力により、その地の地方長官を感嘆させ、困難を乗り越えています。

ここに、現代へのヒントを見出すことができます。実力があっても、残念ながら文章力、表現力がなく、企画書や提案書を出せない人は結構いる。しかし、ChatGPTによって、ある意味、文章力などの民主化が進み、現場を一番よく知る人たちが、企画書などを出せる時代を迎えつつあります。

空海が文才で道を切り拓いていったようなことが、現代人も技術のおかげでできる土壌が整いつつあるのです。本当にやりたいことを持っている人が、技術の力を借りてやれるようになる。そういう可能性が見えてきているのです。

「探究の達人」として

もうひとつ、空海が優れていたのは「探究の達人」だったことでしょう。彼には迸るような探究心があり、それによって密教と出会い、行動した結果、彼自身のブレイクスルーが起こったわけです。

空海と最澄を比べると、空海はベンチャー企業の経営者、最澄は一流企業の社長候補、という感じがします。空海には、仏教だけでなく、社会事業もやろうという気概がありました。

中国から帰国後、空海は満濃池という治水工事に取り組んだり、日本で初めての私学といわれる綜芸種智院をつくったりしています。社会事業にむかい、教育まで手掛けるというところは、いまのベンチャー経営者にとっても、モデルになるのではないでしょうか。

空海は天才ですから、一人で道を切り拓いていきました。現代のわれわれはそれには及びませんが、それでも、自分の足りない部分を技術がサポートしてくれる環境が整いつつあります。

僕らも空海のように、権威主義に陥ることなく自分の目指すべきところに突き進んでいい時代なのではないか、と感じます。

空海という真言宗の開祖を、司馬遼太郎さんが、内面の奥底まで描いたので、評価がわかれる部分もある作品です。しかし、これから社会で活躍しようという人たちにとっては、自分の進むべき道を切り拓くための方法を示唆してくれる作品だと思います。

『空海の風景』(上・下) 中公文庫  定価:上巻814円、下巻817円 (10%税込)

 
 

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