ショート動画の「良き教育者」 ― 日経MJ連載「未来にモテるマーケティング」23/6/19号

2023/6/26

「ショート動画」が流行っている。
長くて60秒以内で終わる縦長の動画だ。

SNS(交流サイト)上で手軽に視聴しシェアされやすいので、
ユーチューバーがチャンネル登録を促すために使ってきた。

最近はビジネスの現場でもかなり活用されるようになっている。

一例が岡山の野田配管工業だ。
野田秀太郎社長が自らメンターになり、
新人配管技能者の疑問に答えるショート動画を次々とユーチューブにアップしている。

野田社長が教育系動画を始めたのは、優秀な配管技能者がどの現場も圧倒的に不足しているからだ。

配管技能者が手がける現場は、発電所やプラント、ダムなど社会インフラが多い。
小さなミスが大きなトラブルを招くため、熟練技能者が必要だ。

ただ、高齢化でリタイアする人が増えている上、現場経験の蓄積が必要な仕事で、人材が育ちにくい。
野田社長は状況に危機感をもったわけだ。

ニッチ分野のショート動画だが、再生回数は多い。

「重量物は楽々移動―玉掛けに命を預ける」は39万回。
「多機能レンチ知らない人この進化を見よ」は38万回も再生されている。

リアルな現場の姿を誰が見ても楽しめる映像にしたことも理由のひとつだが、
最も大きな理由は検索されやすいことだろう。

現場の技能者が「玉掛け」「レンチ」と検索すると、ショート動画が出てくる。

「他にも役立つ動画がありそうだ」とユーチューブ公式チャンネルに移動すると、
配管工事を基礎から学べる10分前後の動画が多数ある。

チャンネル登録者は増え、さらに人が集まる。

今では野田社長は配管業界のインフルエンサーとして知られるようになった。
ショート動画が分野のナンバーワンを確立するポジショニングにつながった。

動画をきっかけに業界のポジションを得るのは特別な例ではない。

最近出版された『Passive Prospecting』(未邦訳)で紹介されていたユーチューブチャンネル、
「リビング・イン・ダラス・テキサス」は、現地の不動産動画を撮影し、
創業ほどなく約1億円の不動産のコミッションを得たという。

登録数は2.3万人とユーチューバーとしては多くはないが、
ユーチューブ経由の問い合わせからのCVR(購入などに至る率)は13%。

一般的なSNSは広告経由の問い合わせがあってもCVRは2~3%程度だから著しい成果だ。

2つの例には共通点がある。
ひとつはバズよりも検索されることを重視した「検索連動型の動画」をアップしていることだ。

検索連動型動画は蓄積するほど他の動画も見てもらえるので効果が上がる。
SNS広告のようにお金がかかるどころか、広告収入が得られるのもポイントである。

もう一つ共通する点は、事業家でありながら、良き教育者であることだ。
業界問題を何とかしようとして丁寧に教えている。

事業家が教育者となって現場の情報を発信すれば、人工知能(AI)にはまねできない情報が発信できる。
そしてその分野のポジションを得られるはずだ。

それは1本のショート動画を作ることから始まる。

 
 

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