「未来遺産」が創る企業価値 ― 日経MJ連載「未来にモテるマーケティング」25/1/13号
2025/1/23
2025年、世界はさらに加速する。
人工知能(AI)はあらゆる領域で存在感を高め、ビジネスの常識は塗り替えられる。
顧客の嗜好は目まぐるしく変化し、購買行動は新たな軌跡を描く。
この変化の波の中で問われるのは、私たちの価値観だ。
企業が守るべきものは何か。
その答えを見つける鍵となるのが「未来遺産」という視点だ。
未来に引き継がれるべき価値、それは人間にしかできない力である。
AIができること、できないことが次第に明確になり、
私たちが今後守り、育てていくべきものは目に見えない部分―感性や創造力など―だ。
この部分こそが企業の競争力となり、それをどう未来へつなげていくかが
企業の進化を決定づける分水嶺となる。
未来遺産とは、過去の技術や知恵を保存することではない。
それらを未来のニーズに合わせ、未来に向けて新しい価値を創造することだ。
これを実践しているのが、愛知県小牧市の仲根石工造園である。
450年以上続く小牧城の石垣修復技術を現代に生かし、
世界文化遺産の富士山の村山浅間神社・大日堂の石段修復作業を受託。
一方で、現代的な造園や外構・エクステリアの施工を手がけている。
過去の技術を守るだけでなく、それを時代に合わせて活用し、新たな価値を生み出している。
注目すべきは同社の4代目、18歳の若者の選択だ。
彼は大学進学ではなく、この世界遺産の修復作業に取り組む道を選んだ。
この選択は非常に合理的だ。
AI時代において、大学で得られる修了証1枚の価値が薄れていく中、
10代で身につける身体技術の方が、安定した収入を生み出し続けることが明らかだからだ。
彼の決断は技術の継承にとどまらず、未来につながる新たな価値を創造するものであり、
仲根石工造園にとっての「未来遺産」も築いている。
未来遺産の考え方は職人の世界にとどまらず、全ての企業に当てはまる。
AIが得意とするのは効率化やデータ処理だが、人間が担うべき役割は、
顧客との絆を築き、現場で直面する問題を柔軟に解決することだ。
これらの「泥臭い作業」はAIが代替できない部分であり、企業が持ち続けるべき競争力である。
この泥臭い作業をデータ化しAIと融合させることで、企業は新たな価値を創出し、成長を続けられる。
そのために、25年に急務となるのは、これまでに培った「会社の手作業」をデータ化し、体系化することだ。
その情報をアプリで蓄積し、顧客データやその事業に影響を与える外部データと連携しAIで処理することで、
他社にない独自の価値を創造できる。
さらに手作業をデータ化すれば、高齢化が進む従業員の技術を未来につなぎ、
後進が短期間で習得できるような人づくり教育体系ができる。
その教育プログラムを広く社会に提供することもできるだろう。
それこそが「未来遺産」だ。
仲根石工造園の4代目のように、未来を切り開く本当に賢い決断とはもはや「従来の大学に行くこと」ではない。
彼が「新しい大学をつくること」なのかもしれない。