
企業の成長 カギは「語り部」 ― 日経MJ連載「未来にモテるマーケティング」25/4/7号
2025/4/14
「サピエンス全史」が世界的なベストセラーとなったユヴァル・ノア・ハラリ。
その最新刊「NEXUS 情報の人類史」が出版された。
ページをめくると、そこには人工知能(AI)時代を生き抜くための本質が描かれていた。
ハラリは本の中で、情報ネットワークがどのように人類の進化と社会の発展を支配してきたかを分析し、
次の時代の決定要因は「情報をどう制御するか」ではなく「どのように語るか」にあると指摘する。
歴史を変えるのは技術ではなく、それをどう語り、どんな物語を紡ぐか――。
この視点が、企業の未来をも決定づける。
では、このAI時代において、その役割を果たすのは誰なのか?
それが「語り部」である。
無数の情報があふれ、事実そのものがコモディティー化する今、
企業の成長を決定づけるのはデータそのものではなく、それを「どのように語るか」だ。
情報を意味ある「語り」に変え、人々を導き、技術を企業成長へと結びつける者こそが競争の主役となる。
例えば富士フイルム。
デジタルカメラの台頭によって写真フィルム市場が消滅しつつあったとき、同社はフィルム会社という
アイデンティティーを捨てて「写真技術の応用で、医療と美容の未来を創る」という新たな語りを打ち出した。
この言葉が事業戦略を方向づけ、ライフサイエンス企業への変革を成し遂げた。
サイボウズも同じだ。
かつてはグループウェアメーカーとして事業を展開していたが、離職率が28%に達するなどの危機に直面。
そこから「100人100通りの働き方」という語りを掲げたことで組織文化が変わり、社員の定着率が向上し、
企業競争力を強化できた。
単なるITツールの会社ではなく「多様な働き方を支えるプラットフォーム企業」「チームワークをつくる企業」としての
位置づけを明確にしたことで、ブランドイメージが根本から変わった。
AIはデータをもとにパターンを生成するが、意味や価値観を持つことはできない。
だからこそ企業は「何を信じ、何を目指すのか?」を明確に語らなければならない。
単なる情報の羅列ではなく、共感を呼ぶ語りを持つことで、企業のブランドが形成される。
これからの時代をリードしていくのは、市場・社員・社会の3層を貫く「語りのOS」を持つ企業だ。
「市場」では、企業のブランドがどのように認識されるかが重要になる。
「社員」にとっての言葉は企業文化やミッションを共有し、行動の指針となる。
そして「社会」に対する語りは、企業がどのような価値を提供し、持続可能な成長を実現するかを示す指標となる。
これら3層を貫く語りを持つ企業こそが、AI時代において競争力を持ち続けられる。
富士フイルムやサイボウズに限らず、企業の成長には必ず「語りのネクサス(転換点)」が存在する。
企業の未来を決めるのは技術ではなく、どんな物語を語るか。
そして、その物語を生み出す「言語戦略」こそが、これからの時代は不可欠な存在となる。