
選ばれる組織の信頼構築術 ― 日経MJ連載「未来にモテるマーケティング」25/10/6号
2025/10/13
AI時代のマーケティングで、最も〝ごまかしがきかない場所〞はどこか。
恐らく、それは検索結果の最上部に表示されるレビュー欄である。
AIは「最適な選択肢」を提示するよう進化し、レビューに込められた言葉や文脈から、
その企業が〝誰に、何を、どう約束しているか〞を読み取ろうとしている。
つまり今、選ばれる条件とは「その約束を現実に果たしているかどうか」だ。
この文脈において注目すべき成長を遂げているのが、千葉県の産婦人科グループ「ファミール産院」である。
理事長の杉本雅樹氏は語る。「全部、お願いされた案件なんです。流れに乗ってきただけなんですよ」
20年前に1院から始まった同グループは、現在11院にまで拡大。
売り上げもこの2年で30数億円から50億円超へと急伸した。
背景には、緻密なマーケティング戦略やM&A(合併・買収)モデルがあったわけではない。
「スタッフの得意を生かし任せる文化」
「必要に応じて引き継いだ院に自ら出向き、壁紙を貼るようなトップのふるまい」、
そして「スタッフの行動に静かに通底する〝約束〞」の存在がある。
「しあわせなお産をしよう」。これは単なるスローガンではない。
患者との関係性の中で繰り返し果たしてきた、〝届けたいと願う価値〞を凝縮したプロミスである。
あるレビューにはこうある。
「助産師さんの手厚いサポートのおかげで赤ちゃんのお世話を覚えられた」
「受付の方まで部屋を訪ねてきて温かい声をかけてくれた」。
こうした評価は単なる接遇の成果ではない。
理念が行動、ふるまいになり、レビューという言葉に変換されているからこそ生まれる。
ファミールは開業初期から、地域の学校への性教育出張授業を続けてきた。
妊婦を連れて行き生徒たちにおなかを触ってもらうという体験を通じて、命の現実と尊さを共有する。
それは目先の利益にはつながらないが、地域に信頼の根を張る〝行動する約束〞として今も息づいている。
例えば千葉県館山市では、ファミールの産院がある地域で合計特殊出生率が県内1位になった時期があった。
「初産で幸せなお産を経験した母親は2人目、3人目も戻ってくる」。
この言葉が示すように、プロミスが果たされた結果として、
地域の人口動態に変化が生まれ、それが自然な事業成長につながっている。
パーパス経営が注目される今、自社の内的動機を語る企業は増えている。
だが「誰に、何を、どう約束するか」を示すプロミスがなければ、
語られた志は現実に触れられないまま浮いてしまう。
選ばれるのは語られたパーパスではなく、果たされたプロミス。
戦略の美学ではなく、信頼の実学。
計画の力ではなく、約束の力。
そしてAI時代に選ばれる組織とは、約束を果たし続けるふるまいの総体である。
あなたの組織にはどんな約束があるか。
その約束は日々の行動、空間、言葉ににじみ出ているか。
レビューに表れる〝静かな信頼〞は、AIが読み取る最前線のマーケティング指標となり、
企業の実力と姿勢を映し出す鏡になる。