西陣織からスマート作業服 ― 日経MJ連載「未来にモテるマーケティング」26/3/15号

2026/3/23

西陣織の会社が、作業員の体調変化を把握するスマートウエアを開発した。
そんな話を聞いたのは、東京都内で開かれたビジネス誌の表彰レセプションだった。

受賞企業の経営者が集まる会場で、そろそろ失礼しようかと思っていた矢先、
ミツフジ(京都府精華町)の三寺歩社長から声をかけていただいた。

「本やコラムを、これまで何度も読ませていただいております」とありがたい言葉をいただく一方、
私も詳しくお話を聞かせていただいた。

ミツフジは京都の西陣織メーカーとして、1956年に創業した。
ところが現在、同社が手がけているのは、着物とはまったく異なる分野だ。
洋服にセンサー機能を持たせたウエアラブル機器である。

同社は90年代から、銀メッキを施した導電性繊維の開発に取り組んできた。
それをウエアに組み込み、アパレル型生体センサーをつくり出した。
この技術を用いて開発したのが、作業員の体調変化を把握する装置だ。

ウエアの裏側に編み込まれた電極が、心臓などから発する微弱な電気信号をキャッチ。
取得した心拍数や呼吸数、筋電などのデータをウエアの胸についたトランスミッターからスマートフォンに飛ばし、
アルゴリズムをもとに解析する。

データから自分の体が今どのような状態なのかを把握し、体調の変化を検知して熱中症のリスクを知らせる。
データはクラウド上で管理されているため、遠隔でモニタリングすることも可能だ。
建設や物流など、高温環境で働く現場で導入が進んでいるという。

開発のきっかけは社会課題だった。
三寺社長によると、
導電性繊維を使ったウエアラブル衣服によって生体データを取得できる技術をどう生かすか調べるなかで、
熱中症による事故が毎年多く発生していることを知ったという。

「見た目では体調の変化が分かりにくい。身につけるもので解決できないかと思ったのが始まりでした」

西陣織とデータ技術。一見すると遠い世界の話に思える。
だが話を聞くうちに、その組み合わせはむしろ自然に思えてきた。

織物とは、糸を精密に配置する技術である。
そこに導電性の糸を織り込めば、布そのものがセンサーとして機能する。

西陣織の技術そのものが変わったわけではない。
変わったのは、その使い道だった。

着物の帯を織るための技術が、作業員の健康を守る装置へと姿を変えた。
技術革新というより、用途の発見と言った方が近いのかもしれない。

技術は同じでも、使い道が変わるとき、新しい市場が生まれることがある。
重要なのは、分野や業界の境界を飛び越えることだ。
そして、その先に新しい分野をつくることである。

人工知能(AI)の時代になると、その意味はさらに大きくなる。
技術やアイデアは驚くほど速く模倣されてしまうからだ。

だからこそ重要なのは、最初にポジションをつくることだ。
ミツフジが示しているのは、その一つの可能性だろう。

布がセンサーになる世界。
そこにはまだ名前のついていない新しい産業が生まれようとしている。



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