「人的資本」わが強みどう理解 ― 日経MJ連載「未来にモテるマーケティング」23/7/3号

2023/7/10

大手メーカーに勤める60代技術者がいる。キャリアに行き詰まっているという。
話を聞いてみると、すごい能力の持ち主だった。

鋳造の専門家で、どんな部品の設計図でも、どこをどう直せば製造が効率化できるかが一目でわかる。
しかも彼は数字にも強いので、損益計算書のボトムラインを改善するために、効率化が必要な製造工程を特定できる。

その結果、万年赤字で苦労してきた工場を、ものの数カ月で黒字化した実績があるという。

驚いた私はさらに尋ねた。「自動車メーカーがEVに急速にシフトする中、
抜本的な製造コストの削減が求められているから、あなたの技能は役立つのでは?」。

彼は大きくうなずいた。
しかし残念ながら、今の職場はゼロベースで新しい部品や製造工程をつくりあげ、採算に乗せる仕事がほとんどない。
役職定年で給与は減る一方なので、活路を見いだしたいというのだ。

話を聞きつつ、私の心に浮かんだ言葉は「人的資本マーケティング」である。

大いに注目を集めている「人的資本経営」は、
社員のスキルや経験といった人的資本を経営資源として最大限に活用し、企業価値を高める経営方法である。

だが、実践にはマーケティングの視点が必要不可欠であると私と考えたのだ。

「人的資本マーケティング」は、具体的には未来に生かせる自己の強みを理解し、
自分の価値を最大化しようとするアプローチである。

この視点を社員一人ひとりが持ち、実践できれば、人的資本経営がスローガンで終わらず、企業競争力の向上につながる。

反対にこの視点がなければ、冒頭の技術者のように、
社員たちは自分のスキルや経験は陳腐化したと、自信をなくしてしまうだろう。
その雰囲気が企業にまん延すれば、企業全体のパフォーマンスも低下する。

問題は自分の強みを理解するのが難しいことだ。
おすすめするのは社内で読書会を開催し、得られた気づきを共有いただくことである。

仕事と関係ない本で構わないので、多様な本を乱読してもらう。

結果、自らの経験から気づいた視点をまわりと共有していけば、
様々な分野の専門家と対話をしながら、自身の経験をわかりやすく言語化する体験になる。

言語化された経験は、一見バラバラな情報に思えるかもしれない。
しかし今の時代、ChatGPTのような人工知能(AI)を活用し要約すると、
長年の経験を対象ごとにわかりやすく伝えられる。

ポイントは「さきほどの要約をもとに、自著を出したいけれど、本のタイトル候補をあげて」とAIに指示することだ。
瞬く間に過去から培ってきた自分ならではの「強み」が体系化され、次世代に継承するノウハウになっていく。

社員一人ひとりが自己を見つめ直せる環境を提供し、
自己の価値を生かすための支援を続けることが人的資本経営を進める上で欠かせない。

組織の隅々まで浸透させれば、冒頭の技術者のようなかけがえのない経験を持つ人材を、
社会の未来の資本として再び輝かせることができるはずだ。

 
 

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