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500事業を創ったスーパーベンチャーキャピタリスト渋沢栄一、最大の謎 子孫が語る、渋沢栄一の教え

2019.11.10

 
 

私には、解明できない長年の謎があった。

それは、新紙幣の肖像画となった渋沢栄一は、どうやって500ほどの会社を創設し、
かつ、その300が現在も存続・発展しているという偉業を実現できたのか、という謎である。

それを解明したくて、渋沢栄一の玄孫でいらっしゃる渋澤健氏(コモンズ投信株式会社取締役会長)に、
根掘り葉掘りお聞きする貴重な機会を得た。

その結果、私は大きな勘違いをしていたことに気づいた。

渋沢栄一が、膨大な事業を築けたのは ―― 明治時代に、
1.農業生産性が上がり、日本の人口が急増したからでもなければ、
2.欧米の産業革命から技術を導入し放題だったからでもなければ、
3.複式簿記による信用創造の基盤ができあがった時期という金融基盤の整備があったからでもなかった…

もちろん、この3つは事業創造の大きな原動力だったことは疑いようもないが…、それでも疑問は残る。

「いくつもの事業を創業できたとしても、
その事業の多くが、渋沢死後、100年近くたった今でも、存続しているのは、なぜか???」

私なりに辿りついた答えを申し上げれば ―― 渋沢栄一は、事業をつくったのではない。
あくまでも事業は、きっかけにしか過ぎなかった。

渋沢は、事業をきっかけに、人財づくりを行なったのだ。

しかし、その答えは、さらに本質的な疑問を掘り起こしてしまった。

「100年続く事業をつくる人財とは、いったい、どういう人財なのか?」
そして、「その人財をつくるためには、どうしたらいいのか?」

偉業を成した遂げた渋沢栄一の遺伝子を、1つでも継承できたとき、
私たちが今、取り組んでいる事業は、100年後にも繁栄する強さを持つだろう。

渋沢栄一は、近代資本主義の父ではなかったことが明かされる、渋澤健氏による解説を、ぜひあなたも聞いていただきたい。

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